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2009年2月アーカイブ


私はこのことわざが好きで昔から折に触れ自分に言い聞かせています。

少しジジくさいことわざですがそれでも好きな言葉です。

物事が上手くいけば行くほど、自分を律し、戒め、上には上がいると考えて、謙虚であり続ける。

自分を律し続けるのは大変な困難が伴います。しかし、自分の可能性を最大化するためには、もっとも大切な信条の1つと捉えています。

日経新聞の「私の履歴書」に、今月はドトールコーヒーの創業者の鳥羽博道さんが連載しています。

「私の履歴書」は正直言うと、面白い人と、面白くない人があるのですが、鳥羽さんの激動の創業者人生はとても興味深く、毎日楽しく読ませてもらっています。

やはりゼロから作り上げた人の自伝にはたくさんの夢と希望と教訓がつまっています。

2月14日の連載には、鳥羽さんが若い頃、独立開業直後から事業が上手く言ったことで天狗になり、巨額の詐欺にあって大損をしたエピソードが語られていました。

その詐欺事件を機会に謙虚な気持ちを持つようになったと語っています。

「私はこの一件で、どんなにうまくいっている時でも決して驕ってはならないと悟った。これ以来、ちょっと自分が思い上がりそうになると「また落ちるぞ」という声が聞こえてくるようになった。」

と鳥羽さんはおっしゃっています。

凄まじい不景気風が吹いていますが、こういう時期にこそ、企業として経営者として人として謙虚な気持ちで日々を臨んでいたかの差が出てくるのでしょう。




「若い時の収入差は誤差にすぎない」

私は間違いなくこのことは言えると思います。

私は大学卒業後に初めて司法試験を受験し、2回目で合格しました。司法試験に集中するために卒業後2年間は無職でした(当時は「プロ」の司法試験受験生と言い張っていましたが)。

当時は、華やかな社会人生活を歩み、給料やボーナスをもらっている友人を尻目に私は1日数百円の予算で生活していました。みじめな気持ちはもちろんありましたが、「いまの収入差は誤差だ。誤差にすぎないんだ。」と仮説を立てて、無事合格を果たしました。

その後、仮説は実証されたと感じることができました。

また、前の事務所を退職して独立した際も収入はガクンと下がり、実質半分以下になりました。

このときも、漠然とした不安は正直ありましたが、若い馬力があるときに独立という貴重な経験ができることを優先して、小さい仕事やお金にならない割りの良くない仕事からコツコツと受任して、経験をつむいでいきました。

そうした経験の中で、最初はまったく発展性を感じなかった人との出会いや割りが良くない半ばボランティアのような仕事だったのが、思いがけないビジネスチャンスに発展することが少なくないことを発見したりとさまざまな貴重な教訓を得ることができました。

いまでは常識や先入観は敵だ、といった気持ちで白紙ベースでものごとにのぞむ習慣がついています。

その結果、独立から数年後で、前の事務所の収入は超えていました。

仮説は確信に変わりました。

少し前のベストセラーに安田佳生さんの「千円札は拾うな」という本がありました。目の前の1000円札を気にしていると、そのちょっと先の1万円札は見えなくなるぞ、もっと前を向いて歩け、という内容だったと記憶してますが、非常に共感します。

長い人生・長いキャリアライフの中に基本無駄な経験はないと思います。

目の前に与えられた仕事や試練を「経験の機会」を前向きにとらえて、丁寧に誠実に解決していく。

そうした大局観を持った人こそ、中長期的には、誤差ではない、大きな差となって、その人の実力差となり、また、収入差に表れるのだと思います。



先週土曜日に1日かけて、オーセンスグループ株式会社の経営合宿をしました。社員の皆はお疲れ様でした。

そのとき、株式会社の沿革にくわえて私の生い立ちも話すことになり、大学2年時に11年続けた体育会サッカー部を辞めた時に決意したことも話しました。

「人生の選択肢に答えはない。自分が選んだ道を答えにするのが人生だ。」

、という決意のことです。この言葉を胸に、司法試験を目指し、合格し、独立を果たし、今に至ります。

テレビ東京のカンブリア宮殿を見ていた時に、中古車販売のガリバーの創業者の羽鳥兼一さんの言葉がとても印象に残り、とても共感を覚えました。

「どんなに困難があっても、まず最初に良かった良かったと言おう。そのポジティブな気持ちが道を切り開くきっかけになる。」

本当にそうだと思います。羽鳥さんによると、万が一、交通事故にあって重傷を負っても、

「良かった良かった。死ななくて良かった。」ということだとおっしゃっていました、笑。

こうした羽鳥会長の強烈なポジティブ発想力が中古車業界の熾烈な業界競争に打ち勝つ原動力になったのだと思います。

どんな困難もポジティブにとらえていく姿勢は私の人生の大事な指針になっています。